がんばって子供を見守る

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ライオンの親子
>子を持つ親の気持ちがあなたにどれほどわかるのか。

 そりゃわかりゃしませんよ。
 あなたは「子を持つ親の気持ち」と一括りにしているけれど、結局のところそれは「この"私"の気持ちがわかるのか」ということでしょう? そんなもの僕にわかるわけがない。あなたのことはまるで何も知らないんだから。(「無責任」のススメ /旅空日記

私は少し分かる気がします。
 
子供相手の惨い事件とか耳にすると、「自分の子供がそんな目に遭ったら・・・」みたいに重ね合わせてバーチャルな心配が頭をもたげます。
 
小さい子供(ウチは5歳と1歳)は本当に目が離せないですし、ふいにとんでもないことをやりだすので心配がつきないです。
 
あとで考えると、きっと子供は自分で解決できた、あるいは解決はできなかったけどいい経験になったかもしれないのに、手を差し伸べる衝動に負けてしまうことも多々あります。
 
親というのは、多分昔から心配性で、しかも子供よりもリスクが早めに予測できます。
 
だからついつい先回りして危ないものから遠ざけようとしてしまうのだけれど、でもそこはがんばって見守ってやらなきゃあならないんじゃないかなと。
 
今は学校じゃ先生は殴らないし、川で遊ばせようにも河原なんて少なくなって川端はコンクリートに覆われてフェンスが張り巡らせてあったりする。
 
公園も遊具で子供が大怪我すりゃ全国ニュースでメーカーや管理者(自治体とか)を追求するのでスリリングな遊具はどんどんなくなっていく。
 
でも、周りが先回りして危ないものから遠ざければ遠ざけるほど、子供が自分で危険を感じる能力は失われていく。
 
これは間違いないです。
 
子供の遊び心と体力低下
本当に治安は悪化しているのでしょうか? 僕らの子供時代と比べて、本当に子供を狙う犯罪が増えているんでしょうか? そこに定量的なデーターの裏付けは あるのでしょうか? もしないのだとしたら、それはメディアを通して語られる犯罪情報の量に左右された「思い込み」なのではないでしょうか?
 
実際、僕らが子供だった頃にも「変な人」はいました。痴漢も誘拐犯もいたし、性犯罪者もいた。でも今ほど話題にはならなかったのです。そういう「変な人」は社会に少数ではあるけれど含まれていて、でも滅多には遭遇しないという暗黙の了解があったのだと思います。

 
私が子供の頃は、「変な人」どころか、今の子供らには信じられないだろうけど、フツーに暴力振るう先生がいました
 
私はあまり素行が良くなかったのか小学校の頃から殴られたり、蹴られたり、ビンタされたりといったことがあったのを記憶しています。
 
一番衝撃的だったのは、運動会の鼓笛の全校練習中にあった事件です。
朝礼台の上で式を取っていたN先生が突然走り出して、こちらに向かって走ってきます。
「何だろう?」と思っていたら、どんどん私の方へ走ってきて(!)、私のケツを蹴り上げて、また式を取りに戻っていった事件です。
全校生徒の前で蹴り上げられたので、ケツが痛かったよりもバツが悪かった方が大きかったです。
 
よっぽど悪く見えたんでしょう。
 
でも、今になって振り返ってみると、いろんなことは全部が無駄だった訳じゃない。
 
世の中には危険な人間がいて、子供相手に我を忘れて殴る人間(先生だったけど・・・)がいて、そういう人間が我を忘れる危険なスイッチというか兆候というか、そんなものを学ばせてもらってた気がする。
 
ずいぶん痛いおもいしたけど。
 
だけど今の学校や公園みたいに、消毒されちゃったような環境だと、学校の外にいる(or ある)もっと遥かに危険な人間や状況を嗅ぎ分ける能力はたぶん備わらない。
 
もちろん理想を言えば、危険な人間や環境はない方がいいだろうし、そういう社会を目指すべきでしょう。
 
でも現実には危険な人物や状況は存在し続ける。
 
すぐそこの通りにもいるかも知れないし、就職した会社にもいるかもしれない。
 
巡回に来た警察官が危険かもしれないし、今まではとてもいい人だったのが、ある時危険な人間に変わるかもしれない。危険な人物と気づかずに結婚しちゃう人だっていたりする。
 
これは人間に限ったことじゃなくて、それこそあらゆることに言えることで、世の中の全部のリスクから逃れることはできない。
 
だからってリスクが全くない状況(そんなもの本当はないんですが)に子供を隔離し続けるのは子供からリスクの匂いを感じる能力を奪うだけです。
 
危険は"感じる"しかない。
 
もっと言っちゃえば、人間一人とっても、その中に素晴らしいものと危険なものを併せ持っていたりすることもよくあります。
またそういう人物が魅力的だったり、出世しちゃったりしちゃうことなんてあったりもします。
 
危険とはつきあっていくほかないし、危険とのつきあい方を子供は程々危険に遊びながら学んでいくんだと思います。
 
僕には子供はいないけれど、僕だってかつては子供だったし、旅先でたくさんの子供たちを見てきました。これはそのような一旅人からの意見です。もしかした ら、今の日本人の考え方の主流とはずれているのかもしれない。たぶんずれているでしょう。でも少しはそういう意見があっていいと思う。

う〜ん、私の考え方もずれてるかもしれない。
ウチは5人兄弟の母子家庭だったので、朝起きたときすでに親がいない、寝るときも親はまだ帰ってきてないなんてこともフツーだった。
 
でも5人とも元気に育ってる。
立派にとはいえないけど・・・。

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このページは、田村が2009年1月26日 22:23に書いたブログ記事です。

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